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間宮祥太郎の野球の実力が凄い!野球部を辞めてしまったのはなぜ?

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間宮祥太郎さんはとてもイケメンですね。

間宮翔太郎さんは見かけによらず、野球経験者で実力もかなりのものがあります。

2019年の始球式では、芸能人最速の139キロを記録しています♪

プロ並みの実力ですね。

しかし、高校では野球をやっていなかったようです。

間宮祥太郎の野球の実力が凄い!
野球部を辞めてしまったのはなぜについてお届けします。

 

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間宮祥太郎の野球の実力が凄い!

間宮さんは、2019年の阪神VS横浜DeNAで始球式を務めます。

高めに浮いてしまいましたが、139キロを記録しました!

間宮さん自身、幼い頃から、阪神ファンでしたので、甲子園で投げられて嬉しかったのではないでしょうか♪

これだけ、投げれると高校でバリバリやっていたのかと思いましたが、小学から中学までだったようです。

学生時代を調べてみたいと思います。

 

間宮祥太郎の野球経験は中学まで

間宮さんの出身中学校は、私立の男子校の法政二中に進学しています。

中学受験して入学したのですね。

偏差値64ですので、学力もありました。

間宮さんは、小学生から野球をやっていて、野球をやるために法政二中に入ります。

法政二中には、硬式野球部と軟式野球部がありますが、硬式野球部に入部していたようです。

硬式野球部は、グランドが全面人工芝の恵まれた環境です。

高校の硬式野球部も強豪ですので、甲子園を目指していたのかもしれませんね。

 

間宮さんは、厳しい練習の中でも楽しくタイプでした。

「野球が好きで中学生のとき、野球部に所属していました。だから、チームでやるスポーツが好きです。僕は先輩と仲良くなれるタイプで、先輩にどうしたらウケるかっていうことばかり考えて、部活にのぞんでいました」

と語っています。

「あとは、野球部ってスタミナが大事じゃないですか。グランドを40周とか走るんですけど、そのとき3年の先輩を追い抜いて負かすのが快感で。普段、大きいことを言う先輩たちに「おまえ、すげーな!」って認めてもらいたかった記憶があります(笑)」

 

練習が厳しいのもあったのか。同学年の部員が減っていき、やがて間宮さんの同級生はみんな辞めてしまいました。

1人になっても「間宮先輩がいるなら、入ってみようかなと思われる先輩にならないと、と思って部活を頑張っていました」と映画「トリガール」に出演した際のインタビューで語っています。

しかし、野球に関しては熱心なチームメイトに比べ「自分にはそこまでの情熱はない」と考えて、中学2年生の途中で野球部を辞めてしまっています。

 

その頃、同時に芸能界の仕事にも興味があったようです。

中学2年生の頃からは、ファッション誌「ハナチュー」の読者モデルも務めています。

「ハナチュー」には本名の馬渡翔太郎で出演しており人気がありました。

画像

 

雑誌に載っていた写真がプロデューサーの知り合いの勧めで事務所入を果たしています。

間宮さん自身も中学時代に映画関係の仕事に就きたいと思っていて、テレビドラマ「スクラップティーチャー」で俳優デビューを飾っています。

 

間宮祥太郎が野球を辞めたのはなぜ?

間宮さんは、野球の情熱を失ってしまい、と同時に芸能界の仕事に興味を持っていたようです。

でも練習でグランド40周とは、大変厳しい環境だったのですね。

野球を辞めて、打ち込めることが出来てよかったです。

 

間宮祥太郎のプロフィール

 

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本名:馬渡 祥太朗(うまわたり しょうたろう)

芸名:間宮 祥太郎

生年月日:1993年6月11日

出身:神奈川県横浜市

身長:179 cm

体重:60kg

血液型:O型

星座:ふたご座

職業:俳優

活動期間:2008年 ~

所属事務所:トライストーン・エンタテイメント

特技:野球・殺陣

趣味:ギター・映画・音楽鑑賞

靴のサイズ:28cm

好きな女優:麻生久美子

 

まとめ

間宮祥太郎の野球の実力が凄い!
野球部を辞めてしまったのはなぜについてお届けしました。

これだけ野球の実力があると、今後野球関係の仕事が増えそうですね。

これからの活躍に期待しています。

 

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